サーチエネミーの競走馬デビューから引退までの経緯


 サーチエネミーは2002年4月4日に生まれました。
 一口馬主のキャロットクラブにおいて募集された馬でした。

 サーチエネミーは期待されながらも脚部に不安があり、デビューは3歳に入ってからとなります。
クラブのコメントには性格的な問題を指摘されるものが多く
臆病、気むずかしい、競走に対して前向きでない等
私としては出来の悪い子ほど可愛いという言葉そのものがサーチエネミーでした。

 そんなサーチはやはり他の出資者にも愛され、中央競馬での未勝利引退時
再ファンド制度(中央競馬での未勝利馬が一旦地方競馬に所属し一定の成績をあげると
中央競馬復帰となる制度。当時のキャロットクラブでは地方転籍で出資者はサーチの出資を清算し解散、
中央復帰後に最初の出資者の中から再出資者を募る)で
サーチエネミーの中央復帰を望む声がキャロットクラブに多く届けられました。

 通常は引退発表時には行先が決定済のところ、サーチの場合引退発表はあったものの、
今後を協議しているとのコメントで結果が出るまでに2~3日かかり
再ファンド制度の利用が決まった経緯があります。

 そして、名古屋競馬で2連勝し再ファンド制度で中央競馬に復帰しました。
所属厩舎は当時新規開業の中川調教師のもとに決まり、
師が根気強く(中川調教師には感謝です)サーチに競馬を教え、
なんと中央競馬で2勝することができました。1600万クラスに上がったのです。
 しかしさすがに準オープンクラスの壁は厚く、
障害馬として転向しましたが怪我(屈腱炎)が原因で引退となりました。

サーチエネミーのレース写真
※現役時のレース中。中央がサーチエネミー

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