サーチエネミーの会発足の経緯


 私が馬の世界に入ったのは40歳も過ぎた頃でした。
 ふと手にした漫画「優駿たちの蹄跡」(やまさき拓味著)を読み、
競走馬の世界の悲哀そして喜びがリアルに描かれており
競馬という全く知らない世界に興味が湧いてきました。
もともと動物に興味がありましたので夢中で読み進めました。

 その中に「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会(FPの会)」の結成過程が書かれた巻があり
競走馬を引退し処分されていく馬たちの哀しい現実を知りました。
 そのような競馬・乗馬の世界に於いて、1頭でも多くの馬を資質に関係なく生かしたい。
 会員相互で支えていくという会の目的に感動し、
トウショウフェノマの会員になったのが馬との出会いのきっかけでした。
 その後キャロットクラブという一口馬主のクラブに入会する機会があり、
2年目サーチエネミーに出資しました。
(応募した馬名「サーチエネミー」が採用されたのでした)

 一口馬主キャロットクラブへ入会した最初の年の出資馬は牝馬で血統が良く繁殖に上がりましたが、
2年目に出資したサーチエネミーの場合は牡馬のちにセン馬であったため
引退後は完全に乗馬という名目のもと処分されていくのか?という思いが年々強くなっていきました。
個人で引き取ることは余程の覚悟(余生20年あまり、金銭的余裕と精神的支え等)がなければ出来ません。
個人での引き取り方もわかりません。

 サーチエネミーを引き取ろうと各地の養老牧場へ直接行き見学して回りましたが、
なかなか引き取った後の20年余りの馬生を負うことに決断がつかず、数年間迷う日々が続きました。
私が声をあげない場合引退後は本当に乗馬で長く生きていってほしいと勝手な気持ちで祈っていました。

 サーチエネミーはもうこのレースで引退かという成績になってきたと思うと勝ち上がるという繰り返しで、
7歳まで現役でいてくれました。
幸いその間に引退馬ネットが始動し、
個人が発起人となり馬を支える会の運営をサポートしてくれる当時としては画期的な組織が登場したのです。

 一口馬主をはじめてからずっと考えておりましたFPの会の目的でもある「1頭でも多く生かしたい。」という趣旨から私も個人では限界がありますが「自分が関わった馬をせめて1頭だけでも生かしたい。」と考えておりましたのでずっと心配していましたサーチエネミーの事を引退馬ネットに相談しはじめました。

そのような中 一口クラブ出身の「マイネルスティング」がサポートホースとして引退馬ネットを通じて会が結成されました。
彼の場合発起人代理挨拶にある通り、会の結成に到るまでの過程が複雑で私自身も色々考えさせられる状況でした。
 個人で20年あまり支えていくことの大変さ・難しさ、しかし会の結成により色々な知恵が集まり、善意の支援の輪が広がったことに感動しました。
一口クラブ出身馬で失礼ながらサーチと同じ無名馬ということで、親近感も湧きました。 

 そうした時、サーチエネミーが調教中に怪我をして引退となりました。
迷っている時間(競走馬の引退が決定したら翌日には厩舎を出されることが多い)もない状況でクラブに引取りのお願い(事前に意思は伝えてはおりましたが・・・)をし、快諾を頂きました。
しかし自身で会の運営ができるのだろうか?等悩みながらも「サーチエネミーの会」を結成し、引退馬ネットのサポートで賛同していただける方を募ることになりました。

 幸いにも現在19名もの方が「サーチエネミーの会」会員となっていただき、感謝でいっぱいです。
元サーチの出資者の方、FPの会会員の方、乗馬をされている方、ブログを読んでくださっている方、イグレットのお近くに住まわれている方、キャロットクラブ以外の一口クラブの方等入会して頂いたきっかけは様々です。
そして、たくさんの方にご寄付を頂いています。
大変有り難く 私も会をしっかり運営しなければと力が入ります。また何よりサーチの顔を見ると 声をあげて良かった!と思います。
「サーチエネミーの会」が発足して4年あまり、サーチも乗馬として歩みだし、競技会にも参加する様になりました。
どうか皆様の温かいご支援を今後ともよろしくお願い致します。
サーチエネミーのレッスン風景

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